研究内容

KEK理論宇宙物理グループでは、宇宙論や宇宙における天体現象の謎を解明する研究を行っています。最先端の理論や観測事実などを通して宇宙で起きている現象を検証し、さらに将来発見されそうな未発見の宇宙現象を予言することを目標にしています。研究内容は主に、宇宙論、高エネルギー天体物理、初期宇宙・宇宙素粒子物理学に関する研究に分類できます。これらの分野を相互に関連させることにより、宇宙に起きている現象とその背後にある物理を多角的な視点から解明しようとしています。

  • 星や銀河などの性質を探る天体物理は、宇宙論と並んで宇宙物理の二本柱を成す分野です。我々のグループでは特に、天体物理における魅力的な研究対象の1つである、突発的な高エネルギー天体現象に注目して研究を進めています。

    Cosmic Ray
    Credit: CERN
    様々な観測により、突発的な高エネルギー天体現象は、宇宙の至るところで日常的に起こっていることが明らかになっています。多波長電磁波観測の進展に伴い、肉眼で見られることもあった超新星爆発、宇宙最大の爆発ガンマ線バースト、さらに今世紀に入って見つかった高速電波バーストなど、実に多様な突発天体が知られるようになりました。それらは、我々の宇宙は活動的であり、単に膨張して冷えていくだけのものではない、ということを如実に示しています。他のもっと身近な高エネルギー天体現象としては、日々我々に降り注ぐ宇宙線が挙げられます。これらは、陽子や電子といった粒子が光速度に迫るほど加速されたもので、その中にはしばしばLorentz因子が1000億(宇宙の年齢を飛んですら光から10kmも遅れない)にも達すると見られる超高エネルギー粒子=最高エネルギー宇宙線も見つかります。これら宇宙線粒子も、元を辿れば超新星爆発などの高エネルギー天体現象で加速されていることが理解されてきています。

    Gravitational Waves
    Credit: NASA
    近年、高エネルギー天体物理は質的に目覚ましい発展を遂げ、我々は宇宙物理の新たな時代に入りつつあります。というのは、重力波やニュートリノの観測によって多粒子天文学(multi-messenger astronomy: マルチメッセンジャー天文学とも)が本格的に幕を開け、従来の電磁波観測だけでは見えなかった領域が探れるようになってきたからです。古くは超新星爆発SN 1987Aに伴って、神岡鉱山地下の検出器Kamiokandeなどでニュートリノが捉えられ、電磁波観測に基づいて導かれた理論モデルが大筋で正しいことが確認されました。より最近、南極の氷床を利用したIceCubeが着々と検出を続けている高エネルギーのニュートリノは、最高エネルギー宇宙線と密接に関係していると考えられ、ゆくゆくは何がどうやってその加速を引き起こしているかに決定的な回答をもたらしてくれると期待されます。さらに2015年以降、レーザー干渉計型重力波検出器LIGOやVirgoにより、連星ブラックホールや連星中性子星からの重力波検出が相次いでいます。中でも連星中性子星合体GW170817は、ある種の"ガンマ線バースト"や、鉄より重い元素の合成と崩壊に伴うキロノヴァ/マクロノヴァなど、重力波・電磁波の両者で観測され、数多くの知見をもたらしました。今後も多粒子観測が豊かな情報をもたらしてくれることには、もはや疑いありません。

    Gamma-Ray Burst
    Credit: NASA
    とはいえ、高エネルギー天体現象が引き起こされる物理的な機構は、まだまだ理解の途上にあります。相変わらず宇宙線加速の全体的な理解は得られず、超新星爆発やガンマ線バーストの中心部は謎に包まれており、高速電波バーストはまだその起源天体もわかっていません。これらの現象の背後では、ブラックホールや中性子星などの強重力天体が中心的な役割を果たしていると考えられます。また中性子星やその周囲では、原子核を超えるような高密度や、地上では達成できないような強磁場が実現しています。そのため、高エネルギー天体現象を理解するには、一般相対論、流体力学、量子論、統計力学、電磁気学…といった様々な物理が欠かせません。また、宇宙線加速や非熱的放射など、本質的に非平衡な現象が頻繁に見られるのも、高エネルギー天体現象の特徴です。既存の物理を縦横無尽に駆使して、高エネルギー天体現象を解明することは、宇宙物理の醍醐味の1つであり、それ自体が非常に興味深くやりがいのある研究です。

    それと同時に高エネルギー天体現象は、先に述べた極限的な環境などを通して、しばしば新たな物理学の領域を拓く端緒としても重要な役割を果たします。古くは、湯川秀樹博士の予言したπ中間子が宇宙線の中に発見されました。今後も、多粒子天文学の発展にも触発され、さらに豊かな物理が見えてくる可能性があります。とりわけ、実験的に達成できない高エネルギーの過程を通して、ダークマターやダークエネルギー、量子重力など、標準模型を超える新物理を明らかにするという野心的な試みが精力的に行われています。また、莫大なエネルギーを解放する高エネルギー天体現象を用いると、まだまだ理解の進んでいない遠方の宇宙を見渡すことができるようになり、宇宙論への理解をより深めることができるという側面にも期待が集まっています。これらの方向性はまだまだ手探りの段階ですが、それだけに我々には想像もつかないような大きな可能性を秘めているかもしれません。

  • Cosmic Microwave Background
    Credit: ESA
    近年の宇宙観測は目覚しい進展を遂げています。最近では、これまでになく広い範囲の宇宙の姿を網羅的に調べられるようになり、宇宙の全体的な性質が詳細に明らかにされつつあります。1965年に初めて発見された宇宙マイクロ波背景放射(CMB)は宇宙がビッグバンによって始まったことを明らかにしました。そして1992年には観測衛星COBEによって初めてCMBの温度ゆらぎが発見され、現在の宇宙にある構造の起源も明らかになりました。2000年以降、観測衛星WMAPやPlanckによって詳細なCMB温度ゆらぎが調べられ、初期の宇宙に関して驚くほど細かな情報が得られました。

    Large Scale Structure
    Credit: SDSS
    一方で、銀河などの天体を広い範囲でくまなく調べ尽くすサーベイ観測という手法も大きく進展しました。1970年代終盤から始められたCfAサーベイは、フィラメント構造やボイド構造などと呼ばれる大きな構造を発見し、宇宙には複雑な大規模構造があることを明らかにしました。2000年ごろから始まり、現在進行形で続いている史上最大の銀河サーベイ計画、スローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)は、宇宙の大規模構造の詳細な姿を明らかにし続けています。また1998年には、遠方にあるIa型超新星のサーベイ観測により、現在の宇宙膨張が加速しているという衝撃的な事実も発見されました。将来的にも様々な手法を用いた野心的なサーベイ観測計画が目白押しであり、現代は宇宙論の黄金時代と言われています。

    Accelerated Expansion
    Credit: ESA
    様々な天体に対する広い範囲の宇宙観測データが蓄積することにより、宇宙論は精密科学の仲間入りを果たしました。こうして得られた観測データは、私たちの宇宙がどのようにできているのかという宇宙論の基本的な問題を、実証的に研究する手段を与えてくれます。なぜビッグバンが起こり、なぜ宇宙がこれほど大きくなったのかを説明する有力な可能性としてインフレーション宇宙モデルがあります。理論的研究により、インフレーションを起こす様々な機構が提案されていますが、理論的にあり得る多数のモデルを選別するには観測との比較が欠かせません。インフレーション期に作られる量子ゆらぎが宇宙の初期密度ゆらぎとなり、それが現在の宇宙に見られるCMBゆらぎや大規模構造を作り出したと考えられています。また、宇宙が加速膨張しているということから、現在の宇宙にあるエネルギーの7割はダークエネルギーで占められていると考えられます。ダークエネルギーの実体はダークマターの正体とともに現在でも不明なままです。

    Cosmic Pie Chart
    ダークマターの正体は分かっていませんが、素粒子理論の中にその候補がいくつか存在します。その一方で、ダークエネルギーは理論的にみてとても不自然な存在です。現在の宇宙の96%がダークマターとダークエネルギーという正体不明の物質やエネルギーによって占められています。それらの正体を明らかにすることは今後の宇宙論における大きな課題のひとつです。例えば、重力レンズの観測はダークマターの空間分布を研究する手段を与え、バリオン音響振動の観測は、ダークエネルギーの性質を研究する手段を与えてくれます。理論的な仮説に基づいて宇宙の性質を予言するトップダウン的なアプローチと、観測事実から宇宙の性質に制限を与えるボトムアップ的なアプローチの交わるところに、今後の宇宙論研究の新しい地平が開けるものと考えています。

  • Unification
    Credit: KEK
    他の2項目で解説した宇宙論や高エネルギー天体物理を用いて新しい物理学を検証するという動機が自然に起こります。それらの項目でも言及されていますが、その部分も含めて、もう少し詳しく掘り下げて以下に解説します。新しい物理学とは、たとえば素粒子の標準理論 (ワインバーグ-サラム理論と量子色力学) や、一般相対性理論 (アインシュタイン重力) など、すでに確立された基礎物理の理論を越えるような理論のことなどを指します。具体的には超対称性理論、それに重力をも含んだ超重力理論、さらにそれらを含む究極の理論とも言われる超弦理論、もしくは全く独立なアイディアに基づく修正重力理論などがターゲットとなります。そうした新理論を宇宙初期や、天体で起こる高エネルギー現象に適用し、観測と比較することで、新理論を検証することが可能となります。また、そうした試みを通じて、宇宙論と高エネルギー天体物理学自体の理解をさらに深めていくというフィードバックが起こり、相補的に発展していくことが期待されます。

    Inflation
    Credit: NASA
    例えば、インフレーション、ダークマター、ダークエネルギー、ニュートリノの質量と混合などは、素粒子の標準理論では説明することができないため、それらを説明するために、標準理論を越える理論が多数提案されています。宇宙初期に因果関係を持てる領域をこえて膨張していくような、宇宙全体が急加速膨張したインフレーションと呼ばれる時期がありました。理論的にインフレーションを引き起こすとされるスカラー場は、実験的には未発見です。インフレーション理論は、現在、光が届くことのできる宇宙の「端」より、はるかに先の空間にまで同じ様な宇宙が広がっていることを教えてくれます。また、そのスカラー場の量子ゆらぎが、銀河などの宇宙の大規模構造を作ったタネであると考えられています。さらに、観測される銀河をちゃんとつくるためには、通常の物質の5倍ものエネルギーを持つダークマターが、あたり一面に存在していなければならないことが知られています。しかし、その正体は判明していません。その候補には未発見の超対称粒子(ニュートラリーノ、右巻きスカラーニュートリノなど)、アクシオン、初期宇宙に作られた(原始)ブラックホールなどがあります。ダークマターと通常の物質を合わせると、現在の宇宙の約30%のエネルギーに相当します。残りの約70%は、ダークエネルギーという、もはや物質とも呼べない性質をもつ未知のエネルギーで占められていることが知られています。ダークエネルギーにより、現在の宇宙は再び急加速膨張の時代に入りかけていることが観測的に発見されました(この成果には、2012年ノーベル物理学賞がすでに贈られています)。ダークエネルギーの理論的な候補は、宇宙定数もしくは、未発見の(擬)スカラー場のポテンシャルエネルギーなどがあります。もしくは、アインシュタイン理論を越える、新しい重力理論が関係しているかもしれません。また、ニュートリノ質量はレプトン数の保存を破る可能性があるため、宇宙の始まりに生成されたレプトン数とバリオン数の起源に関係している可能性があります。それら理論を宇宙の他の観測などとの整合性を利用して検証することは、地上実験とは異なる、たいへんユニークで強力な手段なのです。

    Baryogenesis
    Credit: CERN
    ターゲットとなるテーマは、上記に触れられているものも含めて、例えば、
    ・インフレーションを引き起こすスカラー場の正体の解明
    ・原始重力波を作る機構とその量の推定
    ・ダークマターの正体の解明
    ・ダークエネルギーの正体の解明
    ・バリオン数の起源
    ・宇宙線の起源
    ・一般相対性理論の検証と量子重力理論へのヒント
    ・原始ブラックホールを作る機構とその量の推定
    ・宇宙におけるヒッグス場や未発見のアクシオン場などの影響と役割
    ・元素の起源と観測との比較
    ・ニュートリノの性質が宇宙に与える影響
    ・初期宇宙で起こった相転移が宇宙に与える影響
    ・将来の銀河サーベイ、宇宙マイクロ波背景放射、21cm線などの観測による基礎物理へのフィードバック
    などです。

    Dark Matter
    Credit: NASA
    この学問分野は、最近の観測の急激な進展に呼応するように、ここ十数年ほどで急速に発展してきており、素粒子的宇宙論とか素粒子的宇宙物理学とも呼ばれます。このグループでは、理論センター内の他のグループや全国の理論研究者とも積極的な共同研究を通じて、連携をとりながら進めています。また、特にKEK内の実験グループ、例えば宇宙マイクロ波背景放射偏光の観測グループや、重力波観測グループとも、緊密な連携をとっています。上記のように、正しく宇宙論・宇宙物理を高エネルギー現象に適用するためには、宇宙物理と基礎物理の両方への深い理解と幅広い知識が要求されます。そのため、その目的のための人材育成を積極的に行なっています。